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アントレプレナーシップ教育の現場で生徒と共に学び、挑戦する|東京都立小川高等学校 別木 萌果先生

東京都立小川高等学校で政治経済や公民などを教えながら、担任として生徒一人ひとりの進路や成長に寄り添ってきた別木萌果先生。

日々の授業の中で「教科書だけでは伝えきれないリアルな経済や社会の動き」をどう伝えるかを模索してこられました。生徒たちの主体性を引き出すために、プロジェクト型学習や外部との連携にも積極的に取り組み、学びを“自分ごと”として捉えられる環境づくりを実践されています。

今回は、アントレプレナーシップ教育を導入するまでの経緯やTIB Studentsとの出会い、そして授業を通して生徒に芽生えた変化についてお話を伺いました。

アントレプレナーシップ教育との出会い

— アントレプレナーシップとの出会いについて教えください。

私は現在、高校3年生の担任をしており、2年生の「公民」、3年生の「政治経済」、3年生の自由選択「教養社会」を担当しています。

授業をする中で、教科書通りの知識だけでは生徒が経済を実感として捉えるのが難しいと感じてきました。

近隣の学校でアントレプレナーシップ教育に取り組まれている事例を聞き、生徒一人ひとりが社長になって、自分でビジネスプランを作って発表してみようというプロジェクト型の授業を始めました。

しかし生徒の主体性が思うように引き出せず、課題が残ったのも事実です。

また私自身は大学を卒業してすぐ教員になったため、一般企業や会社設立の実務経験がなく、実際のビジネス現場をどう伝えるかに悩みました。

そこで知ったのがTIB Studentsです。サポーター派遣を利用し、現役で活躍する起業家の方々に授業へ参加していただくことにしました。

アントレプレナーシップ教育は、3年生「政治経済」の5クラスで実施しました。

講師には、社会課題に挑む株式会社SISTERSの鈴木彩衣音さんと、ボーダレス・ジャパン「For Good」の小松航大さんをお招きしました。

鈴木さんからは、学生時代に社会課題へ挑戦した経験や、ビジネスを通じて人を幸せにする方法をお話いただきました。小松さんからはクラウドファンディングの仕組みや活用事例を学びました。

サポーターの力で広がる生徒の視野、授業づくりの工夫について

学校にサポーターを派遣してもらうことで感じた効果や課題感を教えていただけますか?

授業後には、生徒から「身近なビジネスの仕組みの見え方が変わった」「仕組みを考えるのが面白い」といった声が多く寄せられました。中でも印象的だったのは、講師お二人の“生き方”そのものに刺激を受けたという生徒が多かったことです。

高校時代の迷いや海外での経験、挑戦や失敗のエピソードは、教科書には載っていないリアルな学びです。そうした話を直接聞くことで、ビジネスを「遠い世界のもの」と感じていた生徒が「自分にもできるかもしれない」と考えるようになったり、社会課題を知り、その解決策を模索する姿勢が芽生えたりするなど、確かな変化が見られました。

今回の取り組みを通して、「起業=特別な人だけがするもの」ではないことを改めて実感しました。生徒には、自分の興味や課題意識を出発点に、日常生活の中からビジネスや価値づくりのヒントを見つけられるようになってほしいと願っています。

こうした姿勢を育むためには、やはり実在するロールモデルとの出会いが欠かせません。だからこそ、今後もこうした機会を継続的に提供していきたいと考えています。

一方で、効果を感じると同時に課題も見えてきました。

5クラス分、約200件に及ぶビジネスプランの採点は大きな負担であり、また、一方向の講話では集中力が続きにくいことも分かりました。

そこで、講師の方と事前に打ち合わせを行い、10分に1回のミニクイズやディスカッションを取り入れるなど、授業構成を工夫してきました。私自身もモデレーターとして積極的に介入し、生徒が主体的に意見を出せる場づくりを意識しています。

継続していくための工夫

授業の効果を持続させるために意識すべきことがあれば教えてください。

授業で学んだ効果を長く持続させるためには、単発で終わらせず、継続的な関わりを設けることが重要だと感じています。

たとえば、年間を通して複数回サポーターに訪問していただき、最後には成果発表会を行うようなモデルは有効です。そのためには、外部人材との連携をスムーズにする仕組みや、評価方法の工夫も必要になります。

実施方法にも注意が必要です。体育館で全学年一斉に行えば機会は平等ですが、調整の負担が大きく、当事者意識が薄れがちです。反対に、クラス単位での実施は進めやすい一方で、横展開が難しいという側面があります。

現実的には、小規模から始めて成果を共有し、翌年度以降に探究活動へと発展させていく形が望ましいと考えています。

アントレプレナーシップ教育は、一度の授業で劇的な変化を起こす魔法ではありません。しかし、生徒全員の「ビジネス」に対する見方を変えるきっかけになることは確かです。大切なのは、ハードルを高く設定しすぎず、まずは一歩を踏み出すことだと思うんです。

私自身、起業家の方々と二人三脚で授業をつくる中で、多くの学びと確かな手応えを得ています。

他校への広がりと今後の展望

— これから始めたいと考えている教員や学校に向けてアドバイスをお願いします。

今後は、授業をきっかけに生徒たちがさらに視野を広げ、自分のペースで挑戦を続けられる環境を整えていきたいと考えています。

将来的には、起業家や経営者に限らず、地域で活躍する職人やクリエイター、NPO関係者など、生徒が普段出会うことのない分野の人々にも授業に参加していただきたいと思います。そうした多様なロールモデルとの出会いが、生徒の選択肢や価値観を大きく広げてくれるはずです。

また、他教科や他学年にも活動を広げ、学校全体で「挑戦が当たり前」という文化を根付かせることを目指していきたいですね。生徒だけでなく、教員自身もこうした教育活動を通じて視野を広げ、成長していく必要があるでしょう。私自身も今回の経験を糧に、来年度は探究活動やキャリア教育とより密接に連携したプログラムを実施し、生徒たちの挑戦の場をさらに広げていきたいと考えています。

アントレプレナーシップ教育は、起業家を育てるためだけのものではなく、「自分で考え、自分で行動する力」を育む教育です。やらない理由を探すのではなく、まずは一度やってみることが大切です。

生徒一人ひとりが、自らの人生における選択肢を広げ、自分の未来を主体的に切り拓いていける力を身につけられることを願っています。