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生徒の“種”を育てる伴走型教育、東京都立晴海総合高等学校・桜井伸一先生が実践する「教えすぎない」指導法

長年にわたりキャリア教育の現場に携わり、スクールカウンセラーの資格を活かして東京都の商業科教員として指導にあたってきた桜井伸一先生。

大学院でのキャリアカウンセリング研究とスクールカウンセラーとしての経験を背景に、一方的な指導ではなく「教えすぎない」伴走型の教育を実践されています。多くの生徒の中に眠る“種”を見つけ、その成長を後押ししてきました。

今回は、教育現場での具体的な取り組みからTIB Studentsとの出会い、そして生徒たちに訪れた変化などのお話を伺いました。

教員とカウンセラー、2つの役割を担うようになった経緯

東京都立晴海総合高等学校・桜井伸一先生

— 教員とカウンセラー、両方の役割を担っていらっしゃいますが、どのような経緯があったのか教えてください。

私は東京都の商業科教員としてキャリアをスタートしました。

通常であれば商業高校で授業を担当する立場ですが、現在はキャリアカウンセラー資格を活かし、相談業務とキャリア教育の統括を兼務しています。担任を持たず、約15年間、生徒の進路相談とキャリア教育プログラムの設計・運営に専念してきました。

キャリアカウンセリングを学ぶきっかけとなったのは、東京都から総合学科の新設校への異動を打診されたことです。

「専門性は自分で勉強して高めて欲しい」という指示を受け、当初は独学で取り組みましたが、すぐに限界を痛感しました。そこで、大学院派遣制度を利用し、キャリアカウンセリングを専門的に学びました。

大学院では、単なる相談技術ではなく、心理学的な理論やキャリア形成の枠組み、ファシリテーション技術などを体系的に習得しました。

資格取得後も研修や実践を重ね、理論と現場経験の両面から生徒支援ができる体制を目指してきました。

— 今の教育スタイルを形作ったきっかけはありますか?

もともと私は子どもの頃、学校があまり好きではなかったんです。

だからこそ、「生徒が安心して自分を表現できる場」をつくることに強い思いがあります。

この原体験が、今の伴走型教育の根幹につながっています。

転機となったのは、とある企業との連携でした。

私が商業高校に勤務していた頃、学校周辺には有名企業が多くありました。しかし、当時はそうした企業と連携する授業や、インターンシップなどはほとんどなく、生徒が外部と接点を持つ機会は限定的だったんです。

「これだけ近くに学びの資源があるのに、活用しないのはもったいない」と感じ、思い切って企業に直接電話をしてみたんです。すると意外にも快く受け入れてくださり、訪問が実現しました。

実際に生徒を企業に連れて行くと、普段はあまり話さない生徒が、その現場では目を輝かせて動いている姿がとても印象的でした。帰ってきてから「すごく楽しかったです」と話してくれる子もいて、外に出るだけでこんなに変わるのかと驚いたことを今でも忘れていません。

この経験から、生徒の主体性を引き出すには、学校の外の世界と接点を持たせることが不可欠だと考えるようになりました。

ひとりの生徒の挑戦がTIB Studentsとの出会いへ

東京都立晴海総合高等学校・桜井伸一先生

— TIB Studentsとの出会いは、どんなきっかけだったのでしょうか?

私が晴海総合高等学校に異動して間もない頃、起業を志すひとりの女子生徒が相談に来ました。

彼女は、海外の貧困地域に冷蔵庫を貸し出し、冷えたジュースの販売で収入を得るというビジネスアイデアを持っており、「どうすればビジネスアイデアを実現できるか」という相談だったんです。

実現方法を模索する中で、私はとあるビジネスコンテストを紹介しました。その結果、彼女はグランプリを獲得するに至るのですが、その過程で出会ったのがTIB Studentsであったのです。

そこから学校にサポーターを派遣して頂く等の取り組みを行ってきました。

— 学校にサポーターを派遣してもらうことでの魅力や課題感があれば教えていただけますか?

印象に残っているのが、生徒の主体性が目に見えて高まったことですね。

これまで受け身だった生徒が、自分から手を挙げて発言し行動するようになったと思います。

外部の起業家や社会人と出会うことは、生徒にとって大きな刺激になります。学校や家庭とは異なる価値観に触れることで自己肯定感も高まりますし、批判ではなく「もっと良くなるよ」という前向きなフィードバックがやる気を後押ししてくれます。

ただ、単発のイベントだけでは、効果が一過性に終わる可能性もあると思っています。その瞬間は盛り上がっても、時間が経つとせっかくの気づきが日常に埋もれてしまうかもしれません。

だからこそ本当に変化を定着させるには、年間を通して同じサポーターが伴走することも重要ではないかと考えています。

また、外部人材の選定も重要です。元教員や教育経験者も頼もしい存在ですが、必ずしも生徒にとって刺激的とは限りません。

むしろ、全く異なるバックグラウンドを持つ人、異業種でユニークな経歴を歩んできた人の方が、生徒にとって「こんな生き方もあるんだ」という発見につながります。そうした出会いは、生徒にとって非常に価値のある財産になるはずです。

— アントレプレナーシップ教育の浸透に際し、学校側として感じる課題はありますか?

学校側の課題としては、学校文化として十分に浸透していないことです。

制度や評価の枠組みが曖昧で「これはキャリア教育なのか、探究なのか」といった議論にとどまってしまう場面も少なくありません。

さらに、情報の伝達構造にも多くの改善点があります。せっかく良いプログラムやイベントがあっても、現場で動ける熱意ある教員まで情報が届かないことが多いのも事実です。

現場で動ける教員の数は限られており、活動が属人的になりがちというのも課題ですね。ある特定の先生が異動や退職をすると、活動が一気に縮小してしまう学校も少なくありません。

そのため現場で動ける教員同士のコミュニティ形成と、トップダウンでの導入、この両輪が必要だと思っています。

「教えすぎない」伴走型教育の実践と、生徒に対し教員も学び続ける姿勢

東京都立晴海総合高等学校・桜井伸一先生

— 指導する上で大切にしていることは何ですか?また、将来的にどのようなビジョンを描かれているか教えてください。

一貫して意識しているのは「教えすぎない」ことです。

どの生徒も必ず何らかの“種”を持っています。その種を引き出し、必要なときに客観的なフィードバックを返すのが教員の役割だと思っています。

主役はあくまで生徒であり、教員は伴走者です。

なので生徒のアイデアに対し、私から指示は出しません。

私は、生徒に対して「聞かれたら答える」ことを大切にしています。必要以上に口を出すのではなく、まずは見守る。そしてその上で、さりげなく「あなたのことをちゃんと見ているよ」という姿勢を伝えます。

そうした小さな関わりを積み重ねることが、生徒にとっての「認められる体験」になると思うんです。そして、その経験が、自分から一歩踏み出し、挑戦してみようと思える土台になると感じています。だからこそ私は日々、その環境づくりを意識しています。

また、教員自身が学び続ける姿を見せることも大切です。

私は教員向けのアントレプレナーシップ開発や支援を行う、TIB Studentsが企画している教職員向けコミュニティに参加しているのですが、教員としてだけでなく、一人の学習者として多くの刺激を受けています。

自らのスキルアップはもちろんなのですが、その過程を生徒に見せるためでもあります。

新しい知識を吸収し、外部の人と協働し、試行錯誤している姿は、生徒にとって強いメッセージになると考えています。「先生も挑戦しているんだ」と感じた瞬間、生徒は挑戦を自分事として捉えやすくなるのではないかと思っています。

生徒は、自分が思っている以上の可能性を秘めています。

その力を引き出すには、「失敗しても大丈夫」という環境と、見守る伴走者の存在が欠かせません。

将来的には、地域や学校間のネットワークをさらに広げたいと考えています。

アントレプレナーシップ教育は、生徒が社会で生きるための“マインド”を育てる場であってほしいと思っています。

教員も学び続ける姿を見せながら、共に成長していく教育現場を広げていきたいですね。