パネルディスカッション

最後のセッションは民間のプログラム事業者によるパネルディスカッションでした。
登壇者は、文部科学省「トビタテ!留学JAPAN」プロジェクトディレクター 荒畦 悟氏、日本政策金融公庫 国民生活事業本部 創業支援部 部長 大東 寿夫氏、NPO法人ETIC. 事業本部 シニアコーディネーター 佐々木 健介氏の3名。
モデレーターは、TIB Students事務局の後藤が務めました。

- 荒畦 悟氏(トビタテ!留学JAPAN プロジェクトディレクター):
上智大学外国語学部英語学科卒。学生時代は NPO団体アイセックの上智大学委員長を務める。 2001年に(株)リクルート入社。人事採用やHR営業を経験後、専門商社、外資 IT企業での人事採用、教育分野での起業を経て、2014年より官民協働海外留学創出プロジェクト創業メンバーとして参画。
大学生コースの募集・選考の仕組みを構築後、支援企業連携、コミュニティ形成などプロジェクト全般に関わり、2022年からプロジェクトディレクターを務める。 - 大東 寿夫氏(日本政策金融公庫 国民生活事業本部 創業支援部 部長):
香川県出身。中央大学法学部卒。1992年に国民金融公庫(現、日本政策金融公庫)に入庫。財務省財務総合政策研究所に出向。財務省のODA事業(技術協力分野)に携わり、ベトナム・マレーシア・ラオス等の政府系金融機関職員向けに中小企業金融(融資審査ノウハウ)を伝授。2000年から2020年まで、米国税理士(EA)としても活動。館山支店長、厚木支店長時代には、創業支援セミナー講師やアクセラレーションプログラムの審査委員等を歴任し、現職に至る。 - 佐々木 健介氏(NPO法人ETIC. 事業本部 シニアコーディネーター):
大学在学中よりETIC.へ参画。2002年より社会起業家の創業支援に取り組み、これまでに2,000人 程の起業家予備軍の個人の相談・支援、200社 程のソーシャルベンチャー支援・インパクト創出に関わる。専門は、創業を志望する個人へのエグゼク ティブコーチング、関連する先輩経営者等の人的ネットワークの接続等。
トークテーマ①:一歩踏み出すことの重要性
– 一歩を踏み出すことについての重要性について教えてださい。
荒畦 悟氏

普段の環境、いわゆる“コンフォートゾーン”から外に出ることで、異なる価値観や視点に出会い、自分自身や日本の当たり前を改めて認識できると思います。
日常と異なる環境に身を置くことで、モヤモヤや違和感を覚えることがありますが、それこそが「自分ってこういう人間なんだ」「自分の学校ってこうなんだ」「日本ってこういう国なんだ」という気づきにつながります。人は違和感を感じなければ、当たり前のことに気づきにくいものです。だからこそ、コンフォートゾーンから一歩踏み出すことは、今の自分を理解するうえでも非常に重要です。
自分がどんな人間なのか、強みは何か、好き嫌いは何かを知るためにも、一度外に出てみることは大きな価値があります。日本においては留学がその代表的な経験かもしれませんね。
有名なコンサルタントの方が、人が変わるには、下記の3つを変える必要があると言っていました。それは「時間の使い方を変える」「付き合う人を変える」「住む場所を変える」の3つです。このいずれかを変えれば、人は変わることができるといいます。
留学のような大きな経験に限らず、部活を変える、帰り道を変えるといった小さな変化でも十分に視点は広がります。
そして、一歩踏み出すうえで大事なのが“セキュアベース”の存在です。これは「失敗しても帰れる場所」や「応援してくれる人」を指します。家族、友人、そして学校であれば先生がその役割を担います。
先生がすべてを囲い込む必要はありませんが、生徒が外に出て、うまくいかなかった時も成功した時も受け止め、励ましたり褒めたりできる関係性があれば、挑戦はしやすくなるのではないでしょうか。
未成年が外の世界で大人と出会うことはハードルが高い面もありますが、そこを学校や先生がサポートしていくことが大切です。このセキュアベースがあることで、挑戦の価値はより大きなものになると感じています。
大東 寿夫氏

先生方の立場からすると、「自分が起業家教育をやる意味はあるのか?」と感じることもあるかもしれません。学生は進学してすぐに起業するわけではないし、関係ないのではと。
そこで私は、アントレプレナーシップを単に起業家になることとは定義していません。私が定義しているのは「自分で考え、自分で行動する力」です。この定義で捉え直すと、「先生方が日々教育で大切にしている理念」「自分で考え、主体的に動ける生徒を育てたいという想い」に重なるのではないでしょうか。
アントレプレナーシップ教育では、まず課題を発見し解決するプランを立て、可能であれば実行します。その過程で、観察力(課題発見)、企画力(プラン立案)、段取り力(実行計画)、コミュニケーション能力(仲間との協働)、リーダーシップ、そして人間力が養われます。ひとつのフィールドでこれだけの力が身につく教育は、なかなかありません。
実際に高校生が法人を設立し、事業をしていることも珍しくない時代です。もちろん学校のサポートがあったからこそですが、ぜひ先生方には「どう一歩踏み出すか」という視点で、生徒たちが自分で考え、自分で行動できるようになるための環境づくりを考えていただきたいと思います。
その先には、きっと今までと違う世界が見えてくるはずです。
佐々木 健介氏

一歩踏み出すという話で、私なりにさらに踏み込むと、「なぜ高校生が起業について学ぶ必要があるのか」という問いがあります。
大人、つまり社会の視点から見ると、これはキャリア教育の観点で非常に重要です。これまでのように、大企業に就職して出世するという道は完全になくなったわけではありませんが、今後はそれが主流ではなくなっていくでしょう。そうなると、自分で仕事をつくっていく力が必要です。
そしてそれは、ハイキャリアを目指す人だけでなく、高卒で社会に出る若者にも、むしろそちらの方がより必要かもしれない力です。
高校時代に、自分がやりたいこと、あるいはできることをベースに、その力を中期的に育てていくことはとても大切です。私の観点では、高校生でも実際に起業を経験することが大事だと思っています。それは単なるアイデア発表や模擬ビジネスではなく、価値を届け、感謝され、稼ぎ、その利益を自分の手元で実感するところまでやるということです。
大げさなスタートアップでなくても構いません。ファッションが好きな高校生がこだわりのキャップをつくって20万円の売上を上げ、そのうち1万円が利益になった、というような小規模な事業でも十分です。多少のリスクは先生や社会が見守れば、高校生にも可能です。
そういう意味で、一歩踏み出すためには、学校内でのディスカッションやプレゼンで終わらせず、実際に社会に価値を届け、売れなければそのフィードバックを受けるといった経験が次につながります。
私たちが運営するTOKYO STARTUP GATEWAYも構造としてはコンテストですが、合否に関係なく、参加者の思いを後押しするコミュニティづくりを行っています。30代であろうと高校生であろうと変わらず応援し、一歩踏み出す挑戦をサポートする体制を整えています。
トークテーマ②:今から始められるベイビーステップ
– 高校生に向けに活動をいかに継続していけるかという点について、ご意見をいただきたいです。
佐々木 健介氏

学生のみなさんには、起業するかどうかはさておき、自分の感情が大きく揺さぶられるような、五感で感じられる経験に向けて動いてほしいと思います。
留学もそのひとつです。
「これは何だろう?」と思ったとき、YouTubeやChatGPTで調べれば情報はすぐに得られます。でも経験がない段階では、その情報を見ても「そういう感じなのかな」で終わってしまうことも多いでしょう。
一方で、海外でも国内でも実際にその場に行ってみると、言葉では説明しきれないけれど「なんだかやる気が出てきた」と感じる瞬間があります。匂いや風、友達との空気感といった環境そのものが、一気に自分を変えてしまうこともあるのです。
頭で考えるより前に、その場に身を置くだけで心が揺れることがある。そして、それまで常識だと思っていたことがガラリと変わる。これは若い時期だからこそできる体験です。
興味があることがあれば、その現場に足を運んでみてください。たとえばK-POPが好きなら韓国に行ってみる、そんな小さな一歩でも構いません。
そしてもう一つ大事なのは「継続」です。
せっかく心が動いても、同じコミュニティや友人関係に戻ると、その熱が共有されず冷めてしまうことがあります。だからこそ、自分の感じたことを共感し合える仲間を見つけてほしいんです。「そうだよね!」と言ってくれる人が一人いるだけで、行動の継続性は大きく変わります。その仲間と一緒にいれば、行動すること自体が当たり前になります。
これは、私たちが起業の分野でコミュニティづくりをしている背景でもあります。難しく考えなくてもいいので、自分が関心を持てそうな分野でどんどん動いてみて、響き合える仲間を見つけていく。そんなサイクルを回してほしいと思っています。
そして高校生の皆さんに伝えたいのは、「仕事は楽しい」ということです。
多くの人は「楽しい仕事をどう選ぶか」を考えがちですが、選ぶだけでなく“作る”こともできると知ってほしいと思います。これからの社会では、今まで存在しなかった仕事がどんどん生まれます。自分が提案したことで新しい仕事が生まれる、そんなチャンスもたくさん増えていくでしょう。
昼間の大半の時間を費やす仕事だからこそ、せっかくなら自分の得意なこと、やりたいこと、やっていて嬉しいことを仕事にしてほしいです。必要なのは学歴や偏差値ではありません。
これから自分が選び、そして作っていく仕事に向けて、前向きに動き出すこと。そのための機会を、どんどんチャレンジしてほしいです。
大東 寿夫氏

今の生徒さんたちは、私が学生だった頃にはなかった起業の機会があって、本当にいい時代になったと感じます。
学生が化学の授業をもっと面白くしたいという思いから、化学式を使ったカードゲームを作ったチームがありました。最終的には分子量で勝敗を競うゲームで、彼らは「このカードゲーム大会を小学校・中学校で開きたい」と言っています。
高校生が感じていた学びの課題を、次の世代に楽しい形で届けることで、小中学生が化学に興味を持ち、高校での授業を楽しみにしてくれる未来をつくりたいと考えているのです。
こうしたアントレプレナーシップを身につけた学生は、今や大学側からも求められています。例えば、慶應義塾大学 総合政策学部・環境情報学部ではAO入試において、高校生ビジネスプラン・グランプリが1次選考免除対象コンテストに入っています。また、令和9年度からは静岡大学 情報学部 行動情報学科も同様に、高校生ビジネスプラン・グランプリの結果が総合型選抜(第一次選抜)で活用いただけるようになります。
このように、アントレプレナーシップを持つ生徒を評価し、歓迎する時代に入っています。ぜひこのチャンスを活かし、学生の皆さんにも積極的に挑戦していただきたいと思います。
荒畦 悟氏

佐々木さんのお話にもあった通り、仲間や応援団は本当に大切です。そのためにも、今回のようなイベントに参加するなど、一歩行動に移すことが大事だと思います。
イベントに参加した際には、ぜひ質問をしてみてください。ポイントは質問そのものより、最初の自己紹介です。「私はこういう人間で、こういうことを考えています」と一言添えてから質問すると、その場の人に自分を知ってもらえるきっかけになります。すると、質問の答え以上に「あのとき〇〇と言っていたよね」という会話から、後に支援者が現れるかもしれません。
こうした場では全員と直接話す時間は限られますが、質問をすることで、その瞬間は全員に自分をアピールできるチャンスが得られます。質問の場を自己PRの機会として活用するのはとても有効です。
もう一つ大事なのは「発信すること」です。人も情報も、発信している場所に集まります。自分の夢や挑戦を社会に発信するのは恥ずかしいと感じるかもしれませんが、「「トビタテ!」の応募書類を見てもらえませんか?」や「起業プランに応募するのでアドバイスをください」といった形であれば、話しやすいはずです。
その応募書類には、あなたの夢や挑戦が詰まっています。そして大人は、若者が挑戦している姿を見ると応援したくなるものです。
学生であるというだけでも大きな価値があります。若さやチャレンジ精神は、それだけで人を惹きつける力があるのです。仲間や支援者との出会いは偶然のように見えても、「挑戦して発信する」ことで必然に変えることができます。それが仲間を見つける一番の近道だと思います。
また、自分が何を好きなのかを知ることも重要です。そこを原点にすれば、いろいろな可能性が広がります。例えば「留学大図鑑」という、過去2,000人以上の先輩たちの留学経験談を検索できるサイトがあります。
「農業」と入力すると、農業をテーマに留学した人の事例が数多く見つかります。農業×テクノロジー、農業×音楽、農業×デザインなど、多彩な組み合わせがあり、行き先もアメリカ、アフリカ、イタリア、南米など世界中に広がっています。
つまり、皆さんの「好き」から広がる可能性は想像以上に大きく、ただ知らないだけなのです。自分の可能性が世界中に広がっていることをぜひ知ってほしいと思います。そして、積極的に発信し、その一歩を踏み出してください。